1931年に創立した「公益財団法人日本卓球協会」(以下、日本卓球協会)は2021年7月に90周年を迎えた。この節目を卓球界のさらなる発展に向け舵を切る重要なスタートラインと位置づける日本卓球協会は、10年後に控えた100周年も見据え新たな事業を展開。その背骨となる「ミッション・ビジョン」の狙いやプロジェクトに込めた思いについて、協会運営4期目を迎えた藤重貞慶会長に話を聞いた。
人々の健康と幸福、社会の調和を目指す「ミッション」
―まずは創立90周年を迎えたお気持ちを聞かせて下さい。
こうして90周年を迎えることができたのは多くの人の支えがあってのことですし、先人のたゆまぬ努力の賜物だと思っております。これまでの90年を支えて下さった“卓球人”に心から感謝を申し上げます。日本卓球協会の登録会員数も2000年には26万人だったのが年々増加し、2019年には36万人を超えました。今後はこれを50万人、そして100万人に持っていきたいわけですけれども、少子化が進む昨今にあって、とりわけ中学生の会員数が伸びているという喜ばしいデータがあります。そこには卓球の持つ魅力と、第一線で活躍する選手たちが少年少女の憧れとしてロールモデルになっていることが見て取れます。さらにその下の小学生が一生懸命卓球をやっている結果でもありますので、小中学校の先生方やとりわけ全国のクラブチームで小中学生を育成されている指導者の方々のご指導は大変ありがたい限りです。
―「ミッション・ビジョン」立ち上げにはどのような背景があるのでしょう?
私は2014年の会長就任以来、3つの方針を掲げ協会運営にあたってまいりました。その1つめは「強い選手を育てる」。これは世界ナンバー1の選手を作るということです。2つめは「卓球ファンを拡大する」。そして、3つめは「“生涯卓球人生”の充実」です。こちらは卓球に携わる選手や監督、コーチらが卓球とともに人生を歩み、卓球とともに人生を楽しめる環境づくりのことです。創立90周年を迎えるにあたり、これら3つの方針をさらに充実させ強化するために「ミッション・ビジョン」を策定し、2020年3月の理事会で承認を得ました。
―ミッション・ビジョンは「ミッション」と「ビジョン」で構成されています。まずミッションからご紹介下さい。
ミッションとは、組織の存在を定義し最終的なゴールとなる存在意義を示すものですから、日本卓球協会はこれからどんな姿を目指すのか、それはなぜなのかを卓球に関わる全ての人や組織が共感し共有できるミッションを掲げました。具体的には「日本卓球協会は、卓球を通して人々の健康と幸福(Well being Life)に貢献し、人々の心をつなげ社会の調和を目指す」というものです。少し前までは長生き=「平均寿命」が重要視されていましたけれども、近年は長生きするだけなく健康であること、つまり「健康長寿」が大事だと盛んに言われております。さらに健康だけでも十分ではなく「幸福」でありたいというのが人々の非常に重要な価値観になってきました。そうした意味で卓球は健康寿命に貢献すると同時に、幸福感の高い人生=「Well being Life」に貢献するスポーツだと考えています。
―幸福というのはコロナ禍でのキーワードかもしれませんね。
そうなんです。コロナによるパンデミックに直面して、人々は本当の幸せは何なのかを真剣に考えるようになりました。そして、どうやら自分一人だけでは本当に幸せにはなれない、本当の幸せとは「人と人」「人と社会」「人と自然」との間にあると気づき始めているように、私には見えます。その点で言えば、卓球というのは常に対戦相手がいるスポーツで、わずか2.7mの卓球台を挟んで相手の心を読み、ラリーを通して無言の会話を重ねます。おそらく試合が終わった選手というのは、「あの場面ではああだったね、こうだったね」とじっくり話したいと思うのではないでしょうか。つまり卓球は人と人をつなぐ、そういうスポーツなんですね。
6つの活動指針を掲げた「ビジョン」
―次に「ビジョン」についてです。こちらには6つの活動指針がありますね。それぞれ説明をお願いします。
1番目が「世界ナンバーワンになる」。これはトップ選手の強化育成をする上で、全世代の一貫指導体制を構築し、世界ナンバーワンの卓球大国になろうという視点に立つものです。2番目は「豊かな卓球人生をサポ―トする」。こちらは先ほど申し上げた「生涯卓球人生の充実」につながります。3番目は卓球を「国民的なスポーツに育てる」です。卓球の普及を進めるにあたっては草の根レベルでの環境整備が必須で、例えば幼稚園や小学校に卓球台を寄付して、小さい頃から皆が卓球を経験すれば大人になっても卓球を楽しめる、そういうベースを作っていこうという考え方です。
そして、4番目には「社会における事業価値を高める」という活動指針を据えました。卓球を事業として見た場合、放送権料をはじめとする各種の収入を増やし、それを強化費用にあてることで強い選手がさらに強くなり世界で活躍する。その姿を見てファンが増え、ファンになってくれた人たちに我々、日本卓球協会がデジタルツールなどを最大活用して卓球の醍醐味や魅力を伝えていく。こうした循環を事業化することで収入が増え、それをまた強化費用に回すというようにして、卓球の事業価値を高めていきたいと考えています。
5番目は「全国の競技大会を統括管理する」。日本卓球協会は卓球界で唯一の統括団体として、各県、あるいは各大学、実業団、さまざまな競技団体の運営がスムーズにいくよう、システム的にサポートすることを目指します。そして6番目は「進化する組織であり続ける」ということです。組織にとって一番大事なのは常に学習し続けることなんですね。常に鋭敏な感性を持って学び、同時にそれを科学化する。要するに科学的なデータに基づいて政策を決定していこうということです。そのために実務のプロフェッショナルをどんどん育てていきたいと思いますし、外部の意見や人材も積極的に入れていくべきだと思っています。
(インタビュアー・文=高樹ミナ)