公益財団法人
日本卓球協会

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日本代表 2021.11.12
「コーチ教育とメディアへの働きかけ」日本金メダル獲得への20年間

前原副会長が日本の若者育成に重要な役割を果たした(写真:長坂良木/提供:ITTF)


※2021年10月27日に国際卓球連盟HPに掲載された記事を編集したものです

2020東京オリンピックで日本卓球協会(JTTA)は金メダルを獲得した。金メダルの立役者の一人であるJTTA副会長の前原正浩が日本卓球界を持続的に成長させた20年の道のりを語った。
前原は、ITTF執行委員会の一員として、この知識を世界に広めようとしている。

伊藤美誠と水谷隼が2020東京オリンピックの混合ダブルスで金メダルを獲得したことは、日本の卓球界にとって分岐点となる出来事だった。
混合ダブルス準々決勝では、劣勢だった二人がハリウッド映画でもありえないような逆転劇を繰り広げ、その後も準決勝、決勝と勝ち進み、自国開催の中、表彰台の頂点に立つというおとぎ話のような結末は、ストーリーとしては完璧なものだった。

水谷隼と伊藤美誠の混合ダブルス金メダル(写真:レミー・グロス/提供:ITTF)

今となっては運命のように思えるかもしれないが、それは金メダルを獲得するために日本が20年間綿密に計画し、勝ち取ったものだった。

JTTAは前原正浩を中心に、日本卓球界を発展させるために全体的なアプローチをとっていた。スポーツには技術的な側面がある。反復練習、フィジカルコンディショニング、心理学、栄養学などである。それらは選手にとって重要な作業であり、選手の汗と涙と犠牲の結晶である。しかし、それは一つの側面でしかない。
アスリートの成長を促す道筋を提供し、選手がスターダムに駆け上がるための環境を作りだす、前原が20年かけて取り組んできたのは、このプロセスである。
日本卓球界のスターである伊藤美誠が2021年に21歳の誕生日を迎えたが、これは偶然ではない。伊藤美誠は前原が取り組んできたプロセスの申し子なのである。

コーチを教育する

日本の戦略では、コーチの教育が最優先されている。世界レベルの選手を育成するための技術的な知識やノウハウをコーチに伝授することは、簡単にできるものではない。

そこで1990年代後半にJTTAがスウェーデンのソーレン・アレーン氏を、2000年代前半にはクロアチアのマリオ・アミジッチ氏を日本のコーチングチームに招聘したことがきっかけとしてコーチの教育が始まった。かつてスウェーデンが荻村伊智朗氏に卓球の活性化を求めたように、日本は近代化を目指しており、日本コーチ陣は、トレーニング方法、合宿管理、コーチングなどの新しい理論や方法論を招聘した各国のコーチから学ぶことができた。

「2001 年から、U-12 の全国大会でコーチ会議を開催し、世界の動向や日本のプレースタイルを知らせるトレーニングセミナーを開催しております」と前原は説明する。「日本のコーチ資格取得の内容を、世界基準に合わせるべく慎重に検討し、改善しました」

この活動は世代を重ねるごとにコーチ技術を向上させ、日本全国にいる優秀な選手を育てることができるようになった。しかし、その教育は理論的なものだけではない。コーチは教科書のみによって育成することはできない。技術を磨き、実践的な実習が必要である。

JTTAは、自国ですべての答えを見つけることはできないという認識のもと、すべてを国内で行わない方ががよいと考えた。

国際舞台でのコーチング経験は、メダル獲得のチャンスだけではなく、卓球における時代の流れや変化を知るための最高の教育の場となる。島国であるがゆえに、孤立してしまう可能性に正面から立ち向かわなければならない。国際的な卓球の流れと、それに伴う知識を活用するための持続可能なモデルが開発された。

そのモデルというのが、パーソナルコーチが選手と一緒に国際大会に参加できる制度だ。

前原は、「選手とコーチはそれぞれのチームで日々一緒にトレーニングを受けており、それが普通であることを尊重するためにも、パーソナルコーチ制度を設けた」と説明する。
「これにより、コーチは多くの国際大会を経験し、コーチングスキルを向上させることができるようになりました」。

この制度は選手に選択の場を与え、自身のスポーツキャリアにおける正しい選択ができるようになる制度である。国際大会(試合)で苦しいときにベンチで誰を頼りにするのか。試合中のプレーに大きな影響を与える問題を選手自身が決められるようにした。伊藤美誠のコーチである松﨑太佑氏は、このモデルの典型的な成功例である。このパーソナルコーチ制度により、松﨑コーチは自宅で試合映像を見ているときに比べ、自身の戦術書を10倍以上も書くことが出来るようになった。

国際的な舞台でのパーソナルコーチの活動を認めることは、卓球の知識を飛躍的に増やす効果があった。国際舞台で学んだ経験は、帰国後に国内で多くの人々に直接伝えることができ、多くの選手が世界中の一流選手と戦うための指導を受けられるようになったのである。
そうしたコーチたちは、クラブ、高校、大学、企業チームなど、日本で成長中の若い多くの選手たちに自身の経験を伝えることができる。このモデルにより、持続可能性と成長が保証され、最終的にはオリンピックの金メダルを獲得した。今後もさらなる可能性を秘めている。

2020東京オリンピックが終わり、JTTAは教育モデルを継続していこうとしている。この教育モデルは常に流動的に変化、成長していくプロセスでもある。

「金、銀、銅メダルを獲得するために行った準備、チームを強化するための活動内容をまとめ、全国の指導者に伝承するためのセミナーを開催します」と前原は言う。

メディアへの働きかけ

前原が考えていたもう一つの課題は、いかにしてメディアに情報を提供し、協力してもらうかということだった。卓球の教育はコーチや選手だけのものではない。スポーツを発展させるためには、より多くの人に情報を伝え、熱心なファンを作ることが不可欠だ。ヘッドライン(見出し)、ホットテイク(速報)、ファンダム(熱烈なファン)、ディベートなどはそのスポーツのコミュニティの一部である。メディアはそのための入り口なのだ。

同様に、イベントのプレゼンテーションやメディアとの強力な関係は、卓球を始めてもらうきっかけでもある。卓球選手を目指す初心者や未経験者が、アスリートの成功が夢ではない、持続可能な競技だという環境を構築することが重要である。次の世代に卓球を始めてもらい、卓球を追求してもらうことは、最新の技術や戦術の動向を学ぶことと同じくらい重要だ。前原はその責任をしっかりと受け止め、果たしたのである。

「メディアトレーニングの実施やメディアとの交流、イベントプレゼンテーションの向上などをさらに充実させ、卓球ファンに愛される選手の育成を進めることが協会の役割だと考えています」と前原は言う。

卓球の普及と教育を一般の人々へ積極的に行っていくことはJTTAの重要な役割である。日本のように卓球の長い歴史がある国であっても、重要なことだ。

卓球は、卓球台の外でも、メディアの世界でも、同じように競争し続けている。将来有望な選手に卓球を見てもらうのは大変なことだ。メダルを獲得するだけでは十分ではない。メディアを通じてファンと交流することが基本だ。ひとたび成功を収めれば、それはスポーツを普及・拡大させる機会となるからである。

これは、前原の行動戦略に一貫して言えることで、教育とメディアへの働きかけが重要な鍵となる。

「年に一度、メディア関係者との交流会を行っています」と前原。「卓球のルールや用具、戦術など、卓球台を囲んで説明し、実際にメディアの方と若い選手が対戦する時間を設けています」。

JTTAは国民に対して積極的に関係を構築し、卓球に対する社会的評価を導いてきた。その効果は歴然としている。前原によれば、報道の質が向上しただけでなく、新しい世代がこれまで以上に情熱を持って卓球に取り組むようになったという。

伊藤美誠は、2020東京オリンピックで金メダルを目指すにあたり、メディアの卓球に対する関心度が変わったと感じていた。

今、伊藤美誠はスポットライトを浴びる場所に上がったが、それだけでなく、卓球の国内大会の観客者数も増えた。さらに2020東京オリンピックで金メダルを獲得することで、20年前に始まったプロセスが完成した。

「混合ダブルスでのドイツ戦や金メダルを獲得した中国との試合をテレビで見て、たくさんの方が卓球に興味を持ってくださったと聞きました」と伊藤美誠。
「私が世界を相手に楽しみながら戦う姿を見て、卓球をやってみたい!、もっと頑張ろう!と思う人が、国内だけでなく世界中に増えてくれると嬉しいです。
これまでに、『卓球をもっとうまくなれるように頑張ります』、『高校でも卓球をやります』などのお便りをたくさんいただき、とても嬉しかったです。」

前原のモデルは、常に選手に力を与えるものである。この戦略により、選手は世界レベルのコーチングを受けられるようになり、選手としての進路を選択できるようになり、スポーツ界で有名になる可能性が生まれ、持続可能で成功したキャリアを作る機会を得ることができる。これは、一致団結した努力があったからこそ実現できた成果である。

「志を同じくするスタッフや、一緒に日本チームを支えてくれた方々に、心から感謝します」と前原。

どのような戦術、技術を選択したかにより2020東京オリンピックでの成功につながったのか、議論は尽きないが、舞台裏には成功を収めるための環境整備が20年間にわたって行われていたことを覚えておく必要がある。