東京オリンピックを終えた日本卓球協会では、2021年9月末日の任期満了に伴い男子日本代表監督を退任した倉嶋洋介氏に代わり、田㔟邦史氏が新監督に就任した。
男子ジュニアナショナルチームでコーチと監督を8年間にわたって務めながら、倉嶋前監督の右腕としてシニアの選手強化にも貢献。男子日本卓球の現状を最もよく知る指導者として、2024年パリオリンピックに向け陣頭指揮をとる。田㔟新監督に新たな強化方針と11月23日より開幕した世界選手権ヒューストン大会の展望を聞いた。
やると決めて引き受けたシニア監督
―2013年4月からジュニアのコーチ、そして監督を務めてこられて、いずれはシニアの監督にという思いはありましたか?
そこまでは考えていませんでした。とにかく倉嶋さんを支えていくんだという気持ちでやってきました。倉嶋さんが残してきた功績を守り継承していかなければならないので、自分が引き継いでいけるか不安な気持ちもありますが、やると決めてお引き受けしたことなので、今は覚悟の方が上回っています。
―東京オリンピックでは混合ダブルス決勝のベンチコーチとして水谷隼(木下グループ)/伊藤美誠(スターツ)ペアを金メダルに導きました。改めてどんなお気持ちでしたか?
本当に嬉しかったですし、あの瞬間のベンチにいられて本当に幸せでした。二人には感謝の気持ちでいっぱいで、改めて「ありがとう」と言いたい。金メダル獲得はもちろん狙っていましたけど、一度も中国人ペア(許昕/劉詩雯)に勝ったことがなかったので、あの舞台で勝てたことが嬉しくて、そこに金メダルがついてきたというのが正直な感覚です。
―東京オリンピック後は10月に開かれたアジア選手権で宇田幸矢/戸上隼輔(ともに明治大学)ペアが男子ダブルス金メダルを獲得し、シングルスでも戸上隼輔(明治大学)選手が銅メダルに輝くなど好成績を挙げましたね。
東京オリンピックが終わって新たなスタートを切った中、男子ダブルスの日本勢優勝は45年ぶりという歴史を作ってくれました。戸上は混合ダブルスでも早田ひな(日本生命)選手とのペアで優勝し、これも日本勢として43年ぶりでしたから、若い選手たちはこの結果を自信にしてさらに伸びていってくれると期待しています。今回は中国が出場していなかったんですけど、中国以外に負けないことも大事ですし、コロナ禍で国際大会が少ない中、あれだけのプレーをしてくれた選手たちを高く評価しています。
コロナ禍でも積極的に海外派遣を続ける
―2024年パリオリンピックに向けた男子ナショナルチームの強化はどのように進んでいくのでしょう?
代表選手選考は2022年1月の全日本選手権が終わった翌日から2024年の全日本選手権最終日まで2年間にわたります。その間「Road to Paris」選考会という国内選考会を複数回開くほか、全日本選手権やTリーグのシングルスが対象のポイント制が導入され国内での競争が激化していくと思われます。加えて国際競争力=世界ランキングも重要です。パリオリンピックを見据えたとき、世界ランキングを維持することでメダル獲得の可能性が広がるからです。
―コロナ禍でWTT(World Table Tennis。ITTFワールドツアーに代わり2021年から実施されている)の開催も流動的と言わざるを得ません。選手派遣や選手自身のモチベーションに影響があるかと思いますが、いかがですか?
海外渡航には隔離期間があるので選手派遣は簡単ではありません。それでもやはり国際大会での経験は非常に重要です。各選手の母体とも相談し理解を得た上で派遣をしていきたい。パリオリンピックに向け国内での競争が激しくなって、選手たちの競争意識が上がるのはものすごくいいことですけれども、代表になること自体が目的になってしまい、「国内で勝てればいい。国際大会には無理して出なくていい」というような考え方にならないよう注意が必要です。我々の目的は世界で勝つことですから。
―「打倒中国」実現のための課題は何だとお考えでしょう?
中国の組織力と卓球人口の数で勝負するのは難しいので、日本の場合、選手個々の意識レベルと環境が大事だと思っています。張本智和(木下グループ)選手以外の若い選手たちは馬龍や樊振東、許昕ら中国のトップ選手との対戦機会が少なく経験値が低い。選手たちには「中国人選手に負けても仕方がない」とか「いい勝負ができたな」というところで終わってほしくありません。東京オリンピックの混合ダブルスで水谷選手と伊藤選手が教えてくれたように、「中国に勝てるんだ」「次のパリオリンピックは自分の番だ」という強い気持ちを持ってほしい。そのためにも国際大会へ派遣できる環境を整えていきたいです。
世界選手権の全種目でメダル獲得が目標
―中国のほかにドイツや韓国、ドイツ以外のヨーロッパ勢も手強いですね。
数は少ないですけど、ヨーロッパの国々(協会)に必ず強い選手が1人か2人いて、オリンピックや世界選手権で個人戦の鍵を握ります。例えば東京オリンピックの男子シングルス4回戦で張本選手に勝ったスロベニアのダルコ・ヨルジッチ選手(23歳)がまさにそうですよね。若い年代の選手は何か一つきっかけを掴むと自信をつけてぐんと伸びますし、ヨーロッパの選手たちはプロリーグで揉まれながら強化も生活もしているのでプロ意識が高く、スペシャルな選手が生まれやすい印象があります。
―世界選手権ヒューストン大会は個人戦です。目標をお聞かせ下さい。
シングルス、ダブルス、混合ダブルスの全種目でメダルを獲得したいと考えています。東京オリンピックが終わり次のパリオリンピックに向かう再スタートなので、それぞれにベストを尽くしてメダルを取り自信をつけてほしいですね。前回の2019年世界選手権ブダペスト大会(個人戦)でシングルスベスト16と悔しい思いをした張本選手も、東京オリンピック後すぐにまた世界選手権ということでコンディション的にハードですが、前回の悔しさもあると思うので、いい形で新たなスタートを切ってくれると期待しています。
―男子ナショナルチームは今後も張本選手が主軸になっていきますか?
彼は今、世界ランキング4位(2021年11月現在)で日本の男子選手トップです。1位から20位に入っている日本人選手はあと丹羽孝希(スヴェンソンホールディングス/世界ランキング18位)選手だけで、中国選手は6人もいます。20位以内に最低3、4人を入れたいと考えています。選手自身も世界ランキングは気にしていますから、常に意識させモチベーションに変えていくつもりです。
―パリオリンピックの目標はずばり。
男子団体で2016年リオデジャネイロ(銀)、2020年東京オリンピック(銅)に次ぐ3大会連続のメダル獲得と、東京オリンピックで取れなかった男子シングルスのメダル獲得に挑戦したいです。張本選手が中心とはいえ、誰がそれを果たすかはここからの厳しい競争ですから私にも予想できません。
(文=高樹ミナ)